記憶を辿る香水コレクション


旅行や季節ごとにできるだけ香水を買うようにしている。

匂いは記憶を思い出させる効果〔プルースト・エフェクト〕があるので、あとから思い出を振り返るには良い手助けになるからだ。


記憶というよりは感覚、感情の方が近い。

カメラロールに残る具体的な記録ではなく、嗅覚を通して残った曖昧な記憶は、写真よりもある意味鮮明だ。


脳のメカニズムで「におい」から思い出される記憶は、他の感覚器からの刺激よりも情動的な反応を引き起こすことが分かっているらしい。


五感でいうと、嗅覚 > 味覚 > 聴覚 > 視覚 > 触覚 の順で情動的な気がする。


誰しもがいくらか持っている懐かしい匂いは、もう一度出会わない限り、それがどんな香りだったかさえも思い出せない曖昧な存在なのかもしれない。


70歳を超えた老人は、年齢の分のたくさんの香りと共に記憶を重ねてきたはずだ。
もし彼らが、時折の人生のハイライトを香水と共にアーカイブしていたら、どうなるだろうか。

肌に身につけ、共に時間を過ごした香りとして。


老後の生活の楽しみは、これまでの香水をコレクションした部屋で記憶を辿ること。

なんて日がくるかもしれない。
それはそれで、なかなか楽しそうだ。


記憶を辿る香水コレクション・ルームにこもり、記憶を辿りまくる。

程々にしなければ、過去70年分を辿りすぎると、どこかで発狂するだろう。 


このコレクションが面白いのは、機能するのが当の本人のみという点だ。

美術館のコレクションは多くの人のためにあるが、この記憶を辿る香水コレクションは、あなたのためだけのコレクションなのだ。

他人がその香りを目の当たりしても、なんの感銘もない。

記憶を深く巡っても、そのコレクションに共感できる人間は自分しかいないのだから。


もし隣に、一部でもその曖昧な匂いと記憶を共感できる人がいたら、それは幸せなことと言えるだろう。


2018年に思いついたこのアイデアは、テクノロジーに関係なく大昔からできたことだった。

静かなる個人の楽しみとして、もうきっと誰かが香りの記憶を巡っているに違いない。

essayToru I.